tarotarotaro勉強の場

ライター修行のためひたすら書きます!

定食屋

毎日退屈でしかたない。やることと言ったら、文章修行することだけだ。昨日も佐久間食堂に定食を食べにいってきた。注文したのは、「担々麺」。しかし、食ってみて瞬時に判明したのだが野菜が今日仕入れたのではなく、昨日の残り物であるということがわかった。(見た目的にもしなびていて、それは明らかだった)

 

だが、日給0円の「腹ペコ王子」として、このような難物も全部食わないわけにはいかないのだ。で、別にたいした努力はしていないが、全部食べ切ることができた。いや、けっしてまずいわけではない。

 

そして、昨日は「ヤツ」がいた。昨日は白っぽいフリースを着ており、今日は緑の蛍光色のアウターを着ている。(若々しいとおもってのか、ごるぁ)と言ってはいないが、特別にダサいのである。もちろん、ハゲかかっている。で、昨日はなぜか、この親父は、いつもの窓際の席ではなく、中央の席に座っていた。まあ、来るのが少し遅かったのだろう。(しょっぺえ野郎だ!)

 

まあ、そいつのことは置いておいて、週刊少年ジャンプ最新号に目を通していった。やはり、特筆すべきは「アオハル」「サカモトデイズ」「呪術回線」といったところだろう。特にこの中で私が大好きなのが「アオハル」である。

 

昨日は、千夏先輩の中学時代のバスケットのライバルが現れた。千夏先輩はその女からこういわれる。「全国制覇あきらめたんだあ」(主人公と一緒にデートらしきことをしていたので、男ができたと勘違いされた)で、主人公(バドミントン部のさわやか好青年)が、なんだったか「千夏先輩はあきらめてません!」とかいったような気がする。

 

とこんなうろ覚えということはストーリー的にはさしたる進展がなかったことを意味するのだが、私としては千夏先輩のショートカットの髪をゴムで結っている姿をみるだけで、「ありがたや、ありがたや」と拝まずにはいられないのである。(中学の時にこんなようなマドンナ的存在いたよなあ、と思いめぐらすが、そんなことは遠い昔、齢39を迎える私の同級生などは、みんなヤリマンのドブスに変貌を遂げているのだ。そんなんだから「マドンナ」とかいうのはもはやあり得ないのだ)

 

それで、「担々麺」を完食した後は、ホットコーヒーを頼んだ。家にいてもたいしてリラックスできないから、このひとときは私にとってはかなり貴重だ。いや、こんな定食屋のコーヒーだから、と侮ってもらっては困る。上等にうまいのだ。(給仕のおばさんがお勧めするくらいだから、やはり結構うまい)

 

そして、今文章修行で取り組んでいるのがアリストテレスの「二コマコス倫理学」というものである。正直かなり難しい。半分くらいしか意味を見てとれない。アリストテレスは主題に「善」のありかた、というものを持ってくるのだが、一般人は快楽に善を見出し、政治家などのIQの高い連中は、自分を高めることが「善」であると言っているような気がする。で、それをひたすら書き写している。やはり多少の影響力はある気がする。まあ、結構面白い。

 

思いだしついでに、中村和義というヤツの歌に「ずっと好きだったんだぜえ」という歌がある。結構有名だから、だれしも一度くらいは耳にしたことがあるはずだ。

 

でその歌詞に出てくる男主人公は同級会にでて、かつてのマドンナが以前と変わらむ美しさをたたえていて、「このあと、みんなと別れて、俺と一杯どうだい?」とか言うのである。さらに「ずっと好きだったんだぜえ」と連呼する。

 

で、翻って私の同級生である。みんな「ばあさん」になってしまった。中村和義の「栄光に満ちた同級会」なるものを一度はやってみたかったが、ババア相手にトキメクなんてことは絶対にありえないのである。かしこ。

昨日はよく寝た。毎晩になるとなにもやることがなく、へばってしまうので、6時半から、寝床に入る。普通に考えて、何かしていればいいんのでは、と思われるかもしれないが、なぜか夜になると、頭が重くなり、なんにもやる気がなくなってしまうのだ。本当に困ったものだ。

 

昨日は佐久間食堂の「鴨南蛮そば」を食べた。かなり美味しかった。鴨肉の甘味が汁に沁み込んでいて、大層なお味だった。で、相も変わらず、定食屋で雑誌の適当読みをしていたら、ビッグコミックオリジナルで「カレーマン」なる漫画を見つけた。主人公はカレーに命を捧げる、中年男性、天然パーマの髪の毛をオールバックにしている、ちょっとダンディ系のおっさんだ。

 

で、こんな感じで始まる。二人のOLが食堂で話をしていると、「カレーはインドの食べ物ではないんだ!」とダンディがいきなり声をかける。そこから物語が展開していく。

 

つらつらと、前口上があって、ダンディ系にのせられたOL二人は東京の二つのカレー屋に食べ比べをしに行くことになる。一店は北インドのカレー。もう一店は南インドのカレーだ。北インドのカレーが日本で好まれるドロドロとしたカレーだったか、南インドのカレーが、スープのようなカレーだったか、は忘れたが、そのどちらであることは間違いない。

 

それでOL二人d食べ比べの旅に出る。美味しいと「ほふほふ」と言って、顔を和ませる。カレーの描写がさすがに年季の入った漫画家なので、とてつもなくうまそうだ。わが地元でも「スパイスカレー」なるものが流行っているそうだが、都市に行かなければたべられないで、いかんともしがたく、食べれていない。(一説によればスパイスカレーはたいしたことなく、単なる流行りものという説もあるようだ)

 

で、読んで、鴨汁そばを食べた。相変わらずいつものように、白髪ちびやせっぽちのお爺さんが定食を食べている。びっくりするかもしれないが、このお爺さんと私は同級生なのだ。真面目でクラスの取りまとめをしていた。成績優秀の優等生だが、ヤンキーからも一目置かれる、といった、キャラクターを演じていた。(現にたしかに、そうだったのだ)このお爺さんが毎日のように、私とファッション対決をしに、佐久間食堂にやってくる。

 

オシャレ対決なるものは、誰でもやったことがあるだろうが、このお爺さんと私のファッション対決なるものは勝負をする前から決しているのである。私が、10代や20代のオシャレ番長に絶対勝てないように、この男も見た目的に20代くらいの私には絶対に勝てることはないのうだ。」(人は老いるたびにキラキラしたものを失っていく。若い人間もいずれは朽ちていく。必ず老いるがゆえの刹那のきらめきが若者にはある)

 

で、同級生対決には圧勝した。お爺さんは少し涙ぐんでいる。私は珍しく、ホットコーヒーを飲んでいた。定食屋でコーヒーなんてと思われるかもしれないが(現に私もそう思っていた)しかし、かなりうまいコーヒーを出すことが判明した。コーヒーを飲みながら、漫画を読む。至福の時だ。

 

帰り際に珍しくホットコーヒーを頼んだ私に、給仕におばさんが話しかけてきた。「コーヒーおいしいでしょ」と。なるほど、この店の自慢のコーヒーだったのか、合点がいった。

 

ビッグコミックオリジナルには私の好きだった。「風の大地」というゴルフ漫画の連載終了のお知らせが載っていた。作画担当の風間エイジが亡くなったのだ。原作者の感謝の言葉が載っていた。この二人がタッグを組んで30年近くになるだろうか。様々なゴルフ漫画を描いていた。私もしこたま楽しませてもらったものだ。ご冥福をお祈りする。定食屋からでると、外は雪が降っていた。

昨日もひたすら退屈だった。しいてやったことと言えば、勉強ぐらいのものだろうか。

 

適当な本を読んで書き写した。「日本の高僧」という本だ。日蓮上人のことが書かれており、彼は何度も法難というものに遭遇し、そのたびに乗り越えてきた、という。要するに、仏教の間での壮派争いのようなものである。

 

とにかくに出られないことが苦痛で仕方がない。ジムニーのキーを紛失していらい、遠出ができでないでいる。そんなこんなで家にほとんど閉じこもっきり状態になっている。

 

8050問題というのがある。公営住宅などで、母親一人と中年男性一人が貧困に喘いで暮らしているというものだ。80は母親の年齢、50は子供の年齢である。この両者はともに働いておらず、年金頼みで生活している。子供(おっさんのほう)は母親が死ぬと、食いつないでいくことができなくなり、餓死してしまう、というものだ。(実際にそういう事件もあったらしい)

 

翻って、自分の身を思う。毎日一円も稼がず、ひたすら文章の修行をしている。家屋に住んでいるは母親と父親と自分だけだ。両親は働いているので、自分にはそれなりの援助がある。しかし、ともにもう老齢だ。私ももうすぐ40を迎えてしまう。

 

これは誰しもがそうであろうが、中学時代の同級生が今なにをしているのか、ということは非常に気になるものだ。翻って私はニート、同級生は結婚して専門職についてる。と、この前までは思っていた。それがどうだ。なんと、俺の同級生はみんな母親とセックスをしまくったせいで俺より30歳も年老いていれではないか。

 

私はその年老いた連中をみて爆笑した。それに比べて俺の頭はフサフサで顔にもシワがない。完全なる勝利を手にしていたのだ。(本当に醜いやつらだ)

 

建築関連の本を読んでいるのだが、それが結構面白い。帝冠様式というのがあるのだが、大日本帝国が作る建物で、日本の古い建物のデザインと、西洋のコンクリート式の建物を混ぜ合わせたものをいうらしい。それが戦中、戦後に日本人らしさを忘れているのではないか、と議論になっていたそうだ。

 

父親がリビングの大広間で体操をしている。うっとうしくてたまらないが、どうすることもできない。

 

同級生対決には圧勝したが、ニートであることには変わりはない。さっさと体調を良くして、なんらかの手段で金をかせがねばならない。

こんちには。

 

昨日もひたすら文章を筆者して、文章力を鍛えに鍛えまくっていた。こういう本がある。「建築を知らずして日本の歴史をしることはできない」と帯に書いてある、日本の建築の歴史という本だ。

 

最近、オールジャンルでやることの大切さを知ったので、本棚を漁っていたら、3年前によんでいた先述の本が見つかった。3分の2ほど読んでいたので、あと少しで、読了となる。で、この本を「勉強本オールスターズ」に加えた。私の戦術は読んで中になっていた本を片っ端から読了していくことだ。

 

で、内容はというと、戦前、戦後の日本建築は「弥生時代」と接続されているという話だ(うろ覚えなので底は勘弁願いたい)要するに土器の文様などが弥生的と言われていたようだ。

 

そこに岡本太郎が現れて、「芸術は爆発だ」といって、日本の建築に「縄文的なるもの」を持ち込んだらしい。縄文土土器に土着的なものを見出して、自分の芸術に取り入れていったという。

 

という感じでよく覚えていないのだが、そこそこ楽しかった。で、引っ張り出してきて読み始めたという次第である。

 

今、隣に父親がいるのだが、ウザくてウザくて仕方がない。早くどっかに消えてくれ。

 

体の調子が良くなってきたのは幸いだ。緑茶を飲みながら、恩のある人に手紙を書いたりしていた。チョコレートビスケットうまいな。

 

といことで、外で缶コーヒーを飲んでくる。(日が昇るのが遅くなったもんだ)

昨日もひたすら文章修行をするだけだった。毎日、なにかしら成長しているので、その点は嬉しい。

 

とにかく、親からも栄養をとるように、と言われているので、その点は抜かりない。朝からファミマの手ごねハンバーグ(189円)を食べたり、濃厚野菜ジュースを飲んだり(あのセレブが飲んでいるスムージーというヤツである)体調管理は抜かりなくやっている。

 

去年だけで3度も入院している。こんなことは絶対にありえないはずなのに、なってしまった。そして、今年は一回。しかもかなりの長丁場で4か月入院した。やるせないやら、悲しいやら、最悪の気持ちだ。

 

てなわけで、もう入院はコリゴリだと、ひたすら栄養補給に努めるのだ。主治医の中野という男はとんでもない藪医者で、なぜかひたすら私を閉鎖病棟に閉じ込めようと常に画策している。要するに、栄養失調で再入院ということをしたいようだ。そういった意図をしっているので、毎日4食は食べるようにしている。

 

昨日も近所の定食屋に行ってきた。いつものイかれた初老の男性がいた。今日のファッションは茶系のボア?という感じのフリースを着ていた。しかし、とにかく髪型がダサい。白髪を(おそらくそれもヅラだろうが)オールバックにして、少しリーゼントっぽくしているのだ。アホでしかたない。

 

話は変わるが、私の同級生たちは、なんと軒並み引きこもりになっている、という噂を耳にした。ある中学の同級生と道端であったのだが、なんと、もうおじいさんになっていたのだ!(背筋は曲がり、禿げていることを隠すためのダサい帽子を被っていた)

 

その他にもマックで私を小学校のころいじめていた、ガキ大将にもあった。なんとまったく本当に初老を迎えていた。ライダースウェアに身をつつみ、完全に不審者だった。そいつが睨みつけてくるから、睨み返してやったら、目に涙を浮かべていた。雑魚だったな。

 

と、いうわけで、私の同級生たちは軒並み、引きこもりが爺さんどいうことで、このフサフサした栗色の髪の毛としわひとつない顔面はかなりの「同級生対決」のアドバンテージになっているだろう。というか圧勝だろう。(古い知人と相対するときには、人は常に自分の見た目が相手に比べてどうだろうか、と気にするものだ)

 

と、圧勝したのでその点ではなかなか気分がいい。風俗にも行かなかったし、近親相姦も一度たりともしていない。

 

障害者、引きこもり、ニート、といえども、背骨が曲がり、頭はハゲて、おじいさんになった同級生より、そっちのほうがずっと(いや、相当)マシではないか。(ブイ、ブイ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日もひたすら暇だった。毎日外にでられない。冬がきているから、外は雨だということもあるが、なんとジムニーのキーが無くなって全然でてこない、という体たらくだ。

 

もちろん、一か月前まで、精神科病棟に入院していた、ということもあり、体調は万全とはいいがたい、というか、肉体は散々な調子なのだが、それでも外にでたい。

 

昨日も毎度のごとく、近所の定食屋だけは、きっちりと行った。ここに来られなければ、私の頭は沸騰してしまうだろう。ごはんを食べる以外に、何をやるのか、というと、ジャンプを読むのだ。この定食屋には最新のジャンプが完備されている。

 

で、昨日読んだのが「ロボ子」なるギャグマンガ。全然おもしろくない。ロボ子なるキャラクターは明らかに、藤子不二雄を意識しており、超常の能力を使い、主人公を助ける。とはいえ、ジャンプは子供の見るものという側面があるので、おっさんの年齢にたしった私がくさすのもどうかという話もある(ギャグが幼稚っぽいところとか)

 

だから、ギャグがあまり面白くない、というのは仕方がない。しかし、今週号のロボ子は、なんとギャグをやめて、安易な感動系に話を持っていったのだ。ロボ子が主人公の家のロボットになれて、良かった、というどこかで聞いたことがあるようなラスト、ロボ子が顔を弾ませる、というラストだった。

 

ジャンプにはもう一つギャグマンガがあるが、おっさん高校生とかなんとかいうギャグ漫画。ハッキリ言ってなんにもおもしろくない。だが、私的にはおっさん高校生のほうが若干おもしろい。

 

というわけで、私は定食屋でひたすらジャンプを穴があくほど、読み、定食を食べ(昨日は担々麺だった)ひたすらリラックスするのだった。

 

その他にやったことと言えば、ひたすら読書である。一年かけてやっと「東京復興ならず」を読了した。かなり難解な書物、で読むスピードも圧倒的に遅くなり、カタツムリのように毎日数行ずつ読んできた。(新書なので、本当に一年では時間がかかりすぎているといえよう)

 

で、ラストはどうだったかと、というと、作者は東京オリンピック2020で地下に埋没してしまった、文化的遺産をもう一度、掘り起こし、現在につなげていかなければならない、というラストだった。なんでも、1960年代の東京五輪や中止となった都市博で都市の文化的側面はボロボロにされたらしい。

 

で、作者はもう一度、「文化都市」を目指して、再出発をすればいいのでは、という。しかし、私的にはそれはむりなんじゃないかとも思う。仮に再興しても、単なる一都市程度になるくらいじゃないだろうか。

 

というわけで、さんざん読んだり書いたりして、なんとかこの体調不良の嵐を乗り切ったら、またどこかの会社に連絡を取って、何か記事を書かせてくれ、と訴えるつもりだ。

 

まあ、手に入る報酬はほとんど微々たるものだが(賃金を上げるという野心は常に持ち続けている)

昨日もひたすら暇だった。毎日外にでられない。冬がきているから、外は雨だということもあるが、なんとジムニーのキーが無くなって全然でてこない、という体たらくだ。

 

もちろん、一か月前まで、精神科病棟に入院していた、ということもあり、体調は万全とはいいがたい、というか、肉体は散々な調子なのだが、それでも外にでたい。

 

昨日も毎度のごとく、近所の定食屋だけは、きっちりと行った。ここに来られなければ、私の頭は沸騰してしまうだろう。ごはんを食べる以外に、何をやるのか、というと、ジャンプを読むのだ。この定食屋には最新のジャンプが完備されている。

 

で、昨日読んだのが「ロボ子」なるギャグマンガ。全然おもしろくない。ロボ子なるキャラクターは明らかに、藤子不二雄を意識しており、超常の能力を使い、主人公を助ける。とはいえ、ジャンプは子供の見るものという側面があるので、おっさんの年齢にたしった私がくさすのもどうかという話もある(ギャグが幼稚っぽいところとか)

 

だから、ギャグがあまり面白くない、というのは仕方がない。しかし、今週号のロボ子は、なんとギャグをやめて、安易な感動系に話を持っていったのだ。ロボ子が主人公の家のロボットになれて、良かった、というどこかで聞いたことがあるようなラスト、ロボ子が顔を弾ませる、というラストだった。

 

ジャンプにはもう一つギャグマンガがあるが、おっさん高校生とかなんとかいうギャグ漫画。ハッキリ言ってなんにもおもしろくない。だが、私的にはおっさん高校生のほうが若干おもしろい。

 

というわけで、私は定食屋でひたすらジャンプを穴があくほど、読み、定食を食べ(昨日は担々麺だった)ひたすらリラックスするのだった。

 

その他にやったことと言えば、ひたすら読書である。一年かけてやっと「東京復興ならず」を読了した。かなり難解な書物、で読むスピードも圧倒的に遅くなり、カタツムリのように毎日数行ずつ読んできた。(新書なので、本当に一年では時間がかかりすぎているといえよう)

 

で、ラストはどうだったかと、というと、作者は東京オリンピック2020で地下い埋没してしまった、文化的遺産をもう一度、掘り起こし、現在につなげていかなければならない、というラストだった。なんでも、1960年代の東京五輪や中止となった都市博で都市の文化的側面はボロボロにされたらしい。

 

で、作者はもう一度、「文化都市」を目指して、再出発をすればいいのでは、という。しかし、私的にはそれはむりなんじゃないかとも思う。仮に再興しても、単なる一都市程度になるくらいじゃないだろうか。

 

というわけで、さんざん読んだり書いたりして、なんとかこの体調不良の嵐を乗り切ったら、またどこかの会社に連絡を取って、何か記事を書かせてくれ、と訴えるつもりだ。

 

まあ、手に入る報酬はほとんど微々たるものだが(賃金を上げるという野心は常に持ち続けている)