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都市と村

ワースは、1920年代のシカゴを調査した。シカゴは、多くの移民等からなり、さまざまな居住地があった。例えばユダヤ人街のゲットーや、黒人居住地ブラックベルト、中国人のチャイナタウンなどである。

 

これらの集団は、お互いに相互しあうということがあった。また、こうして空間に置ける集団の分化は都市の特徴として見られた。

 

ワースはこうした集団の行動様式を調査することが社会のしくみを知る上で役にたつと考えた。その時に大切にしたのが参与観察だ。

 

これは、人類学の調査方法からとられた手法だ。人類学では、未開の原始の村などに調査する、際に、村に入り、村人と一緒にくらすことでより良い調査できると考えた。そして、ワースはこうした参与観察を都市部の共同体にも適用できると考えたのだ。

 

その結果、1920のシカゴ大学では、様々な共同体の参与観察の記録の束ができあがった。例えば、売春街を調査した記録や、シシリアから移住してきたギャングなどについての記録である。こうして、集められた調査記録がシカゴという都市を理解していくうえで欠かせないものと考えられた。

 

また、こうした共同体は相互に影響しあうこともある。例えば、ミシガン湖付近にある、超高級住宅街の住民は、上流階級に認められためにステータスを大事にする。その上で、空間的にも近接していた貧民街に慈善事業などをすることがあった。

 

都市の生活も大切だが、村落と都市との生活を対比させるという手法も社会学では古くから取られていた。そもそも、都市とは村から移住した人口で構成されるものだ。そして、そこでは様々な都市的課題がある。

 

例えば、飲料水の確保の問題だ。村ては、住民は井戸をほり、また湧水などを利用して、飲料水を確保してきた。しかし、都市部では、居住地が密集しているため、井戸を、個別にほることなどできない。その結果、水道という大掛かりな装置が必要となる。

 

水道は既に江戸時代から存在していた。幕府は長屋のある地域に水をプールしておける装置を作っていた。

 

また、都市の課題として、し尿の処理の問題があげられる。これも村では戸別に処理していた。例えば、畑の堆肥にするなどである。しかし、都市部でこうは行かない。埋める場所がないし、ほっておけば伝染病の元になったりする。

 

そこで、し尿の処理は専門的なサービスが行うことになる。例としては東京都などである。こうしたし尿の処理は古くは大きな城下町でも行われてきた。大きな城下町で水路が張り巡らされている。これは、町で出るし尿を近郊の農民へと運ぶためである。古い時代から人口の密集する地域では、都市の建設にそういった装置の建設が念頭に置かれていたのである。